チェルシー美術大学やテートブリテンが隣接するミルバンク(MILLBANK)エリアには現在の街の姿からは想像がつかないような史実があります。パレードグラウンドを含むチェルシー美術大学の校舎群は、修復され転用される以前には1907年からイギリス陸軍の病院として利用されていました。更に遡り200年前の19世紀初頭ビクトリア時代にはヨーロッパで最大の監獄施設"パノプティコン"として1500名以上の犯罪者を収容する施設でした。上の画像は当時のこの超巨大施設の姿です。
まるで6枚の花びらが中心から延びているように配置され、その冷たい陰惨な監視通路の全長は3マイル(約5キロメートル)にも及んだそうです。その巨大さから想像するにミルバンクエリアのかなりの部分をこの監獄が占めていたことがわかります。かつて小説家ディッケンスはこの場所を"陰鬱なゴミのような場所(melancholy waste)"と表現したほどです。
今回共同参加するイベント[PARADE]では、テーマであるパブリックについてを上記のような場所の歴史にも触れながら、政治的、文化的な様々な方向からアプローチすることになります。
Millbank (London) is well known historical place visualized by Tate Britain, Chelsea College and Themes river. However, there is another story of this place started almost 200 years before.
Royal Army Medical College was situated here since 1907, before renovated for Chelsea college of Art and Design. "Millbank Penitentary" was erected on the lonely and marshy riverside in 1821, which was the Victorian time in England. By the Panopticon design prison guards watched over 1500 prisoners housed in separated cells, and there are three miles of cold and gloomy passages. This was a largest prison in Europa. Charles Dickens once described here as "a melancholy waste" .
Satoshi
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